黒猫

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集? ゴシック編 (新潮文庫)

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集? ゴシック編 (新潮文庫)

かてて加えて、絶体絶命の破滅をもたらすかのごとく、「天邪鬼」の心が頭をもたげてきたのだ。この心に関する限り、哲学は何も説明してくれない。とはいえ、自分の魂が生きているのが確実だとするなら、天邪鬼こそは人間の心を司る最も原始的な衝動のひとつだとーー人間の人格を導く分割不能な基礎能力ないし情緒のひとつだとーーいうことも確実なのではあるまいか。人間は、何かを「してはいけない」と熟知しているからこそ数限りなく最悪なる行動に出てしまうのではあるまいか?人間には、まさしく「破ってはいけない」とわかっているからこそ、いくら優れた判断力の持ち主であったとしても、法律なるものを破ってしまう永続的な傾向があるのではないか?かくして天邪鬼の心が、わたしを最終的に破滅させるべく芽生えてきたのだ。魂が魂自体を苦しめるというーー魂が魂自体の本質を痛めつけるというーーつまりは悪のためにのみ悪をなすというーーこの理解しがたい願望があったからこそ、私は罪もない動物にふるってきた暴虐をやめることなく、ますますエスカレートさせていったのである。
(pp.13-14)

ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)

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そして、あたかもわたしを取り返しのつかぬ最後の破滅へ追いやろうとするかのように、やがてやって来たのは片意地な根性であった。この根性については、哲学も何も認めていない。しかし片意地こそ人間の心に巣食う原始的な衝動の一つであり、人間の性格に方向を与える不可分の根源的機能、ないしは感情の一つであることは、わたしの魂が現実のものである以上に信じて疑わぬところである。してはならぬことが分かっているといただそれだけの理由で、何度となく繰り返し下劣な、愚劣な行為をなしている人間が、世間にはどんなに多いことであろう。立派な分別を持ちながらも、法なるものが法なゆゆえに破りたいという気持が、常にわれわれにはそなわっているのではなかろうか?つまりこの片意地な気持がわたしにとって身の破滅となったのだ。罪もない動物に加えた危害をさらに続けさせ、ついには極点にまで達しめたのは、自らをさいなみーー自らの本性をしいたげーー悪業のために悪業をなそうというこの測りがたい魂の欲求であった。
(pp.63-64)

黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)

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黒猫 (集英社文庫)

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